2019年02月19日

いつも比較対象を間違っているLGBT


「天国に行くとき、最後のお別れを最愛の人と手をつないで迎えたい」同性婚が認められたら、できること。

本当の自分の気持ちを隠して生きる。本当の自分でいることが「おかしいこと、いけないこと」だと思って生きる。
そんな世界を変えて、好きな人と堂々と一緒に暮らし、そして結婚できる世の中にする第一歩が2月14日、踏み出された。
https://www.huffingtonpost.jp/



何度か書いてる話であるが、
私はかつてLGBT思想?的なものにべったり浸っていたから、
同性婚のことだって真剣に考えていた

けど、当時付き合ってた相手の親や兄貴と会ったりするうち
結婚というものは1対1でするものではなくて
家族と家族がつながるってことなんだよな、
と冷静に考えるようになってだんだん醒めていった(笑)






一方で法的な関係を持ちたいって方々の気持ちも分かるつもりではいる

しかしどうして養子縁組ではダメなのか、
パートナーシップ制度の拡充ではダメなのか、
ついでに何で損害賠償で1人100万円なのか、
あれこれ考えても学のないホモにはさっぱり分からない

私は勉強がてら
結婚の自由をすべての人に」なるサイトを見てみることにした

index2.jpg

このサイト、面白いなあ、と思ったのは、
徹底して「LGBT」という言葉を使っていないのよな
(あるかもしれないけど)
印象が悪いってことに気づいたのかな(笑)

で、ここに「同性婚ができなくて困ること」が挙げられている

まずはケース1


相続できない!家を追いだされる!?

パートナーが亡くなったとき、結婚していれば、遺言がなくても、パートナーの財産を全く相続できないということはありません。でも、結婚していなければ、遺言を残しておかないと、どんなに長く一緒に生活していたとしても、まったく相続できません。パートナーが所有している家に住んでいたときには、家から出ていかないといけなくなるかもしれません。


ここに遺言を残しておかないと、なんて書いてるんだから、
遺言を残しておけばいいんじゃないのかね?

続いてケース2


同じ国で暮らす資格をもらえない

外国人のパートナーは、男女なら結婚していれば、日本人の結婚相手として日本にいる資格をもらえます。しかし、同性どうしの場合、結婚ができないので日本人の結婚相手として日本にいる資格をもらえません。日本で仕事などをしていれば、それを理由に日本にいる資格をもらえることもありますが、失業してしまうと資格がなくなるので、安心できません。同性どうしの場合、一緒の国で暮らす資格をもらえず、愛し合っているのに一緒にいられないことがあるのです。


上記の裁判でも日本で同性婚が認められないから外国で結婚してきて、
それでいて日本で同性婚できないのはアンフェアだ!なんて方もいるが、
それならパートナーの国で暮せばいいのではなかろうか
少なくともパートナーの国で結婚できたのなら
同性婚を望む日本人同士よりよほど恵まれていると私は思う

他所の国は他所の国、日本は日本だ

続いてケース3


命にかかわるような時そばにいられない

パートナーが病気や怪我で意識不明になったとき、結婚していれば家族としてパートナーのようすを見守ったり、医者から話を聞いたりできます。しかし、同性どうしだと家族扱いしてもらえず、いちばん大切な人のようすを見守れなかったり、医者から話を聞けなかったりすることがあります。同性のパートナーだとダメという法律はないので、病院がOKさえしてくれればいいのですが、「法律上の家族ではないから」との理由で許されないことがあるのです。結婚して法律上家族になっていればすんなり認められることが、同性カップルの場合は結婚することができないため、認められないかもしれないという不安がつきまといます。


これももはや都市伝説と化しているような話で、
私も実際に意識を失って緊急搬送されたことがあるのだけど、
当時の相方は私が意識を取り戻すまでずっとそばにいてくれた

続いてケース4


子どもを育てていても赤の他人になる

パートナーが産んだ子どもを親として一緒に育てていても、自らは「親権者」にはなれません。そのため、病院で「法律上の親を連れてくるように」と言われてしまうことがあります。法律上の親が、遺言で未成年後見人を指定せずに亡くなってしまった場合、遺された法律上の親ではないパートナーは、子どもとの法的な関わりがないので、ずっと育ててきた子どもと関われなくなってしまう可能性があります。


同性愛者同士のカップルにおいて、パートナーが産んだ子ども、となれば、
かなりレアなケースであるようだが、
冒頭の記事にもこのケースにあてはまるカップルがいらっしゃるようだ

しかしながらここにも解決策が書いてある
「法律上の親が、遺言で未成年後見人を指定せずに亡くなってしまった場合」
とあるならやはり遺言書を書いておけばいいのではないの?

学のないホモは「よくあるご質問」なるページを見てみた

そこにズバリ、こんな質問が掲載されていた

「遺言を作るなど個別的に対応したり、また、養子縁組をしたりすれば、結婚ができなくても問題ないですよね。」

これに対する回答は以下のようなもの


遺言はパートナーが亡くなった後の話ですので、生きている間の同性カップルの共同生活に対しては法的な効力を持ちません。また、遺言は厳格に方法が定められていますので、方法を守らなかったために無効になってしまうリスクがあり、遺言がなくても配偶者であるというだけで法定相続人になれるのとは違いがあります。また、配偶者であるのとないのでは、遺留分※にも違いがあります。

また、養子縁組をすることで親族になったり、パートナーの死亡後に遺産を相続することはできますが、結婚と比較するとその法的な効果は限定的です。また、そもそも親子になりたいわけではありません。 結婚は、一緒に住む義務、相互に助け合う義務(生活費の分担も含む)、互いに浮気しないことなど共同生活に関する権利と義務が生じます。 また、カップルで一緒に親として責任を果たしたり、離ればなれになったときに定期的に会えたりするなどの子どもに関する権利と義務もあります。 したがって、遺言や養子縁組だけで十分であり問題ないなどとはいえません。

※遺言などをしていても、一定の割合を自分に寄こせということができる権利。たとえば、配偶者以外の法定相続人が親のみの場合、結婚していれば、親の遺留分は6分の1ですが、結婚してなければ3分の1となり、2倍もの違いが生じます。なお、親が父母とも健在の場合は、父、母それぞれの遺留分は半分になり、父母合わせて6分の1や3分の1となります。


うーむ、パートナーが亡くなった後の心配をするより、
今現在の生活を充実させる方が大切ではなかろうか(笑)

で、気になるのは以下の一文

「また、そもそも親子になりたいわけではありません」

この言葉は同性婚を推進される方が当然のように口にすることだ
「パートナーと、同等な関係を、、、」とかいった感じで
この訴訟の当事者であったり応援する方のSNSを見ていると、
ほぼ間違いなく出てくる言葉といっていい

ただ、私が不思議で仕方ないのは、
「病院で家族として認められなかった」云々の話も、
「パートナーの死亡時における相続」の話もなんだけど、
それは遠い未来の話ではなく、
1カ月後の話かもしれないし、明日の話かもしれないし、
へたすりゃ今晩の話かもしれないのよな

もしこのことが同性婚が認められない上での不利益と考えるのであるのなら、
ひとまずは現行の法制度でも家族になれる「養子縁組」をすればいいのではなかろうか
少なくとも「家族ではない」ことによるリスクは避けられる

養子縁組で親子になると、後に同性婚が認められた時に結婚できない、
なんて話もあるけれど、そういった話こそ法改正で対処してもらえばいいのだ

「病院」やら「相続」の話っていうのは喫緊の課題じゃないのかな?
同性婚を認められる前にパートナーに何かあったらどうするの???

本気でパートナーの病気のことや、
相続のことを考えているなら、
いつ実現するか分からない「同性婚」を待つより、
ひとまず家族になれる「養子縁組」をする方がよほど現実的だと私は思う

ツイッターを眺めてみると
とある病院で家族として認められなかった、いう方がいた
病院名まで晒して批判しているのだけど
続きをみれば「結婚したいので養子縁組はしない」とも書いていた

自分で家族になれる方法を破棄しときながら、
何を勝手なことを言っているのだろう、という気もするし、
本気でパートナーとの関係を考えているとも思えないのよな

病院で家族とみてもらえずに辛い経験をしたのなら、
ひとまず家族になる方が大切じゃないの?
意味不明としかいいようがない

現行の養子縁組制度が男女の結婚と比べるとこれだけの不利益がある、
そんな具体例が養子縁組をされている方の口から出てくれば、
そこで初めて同性婚という話が論じられるのではなかろうか、と私は思う

私が実生活において知っている養子縁組をしたカップルは1組だけだけど、
SNSなんかを拝見していても、
実際に養子縁組をされている方が現状に不満を述べている、という実例はほぼないように思われる
皆さん、家買ったりして男女の夫婦と何ら変わらないような生活をしているように感じるが
いかがなものだろうか?

どうしてわざわざ男女の夫婦と比較して
「あれができない、これができない」と騒ぎ立て、
きちんと養子縁組して家族として生活している諸先輩方の生き方を否定するのか、
私にはさっぱり分からない

LGBT云々のみなさま方は、いつも比較対象を間違っているのよな
だから怒ってばかりいる
だから年々顔つきが厳しくなっていく

シアワセに生きてる諸先輩方の生き方を参考にした方がよほど有意義である






こんなことを書けば
「養子縁組をしていないおまえはパートナーのことを本気で考えているのか!」
なんてことを言われるかもしれないけれど、
うちらの場合は親に内緒で同棲している男女と何ら状況は変わらない訳で、
何とかなる時は何とかなるだろうし、
何とかならない時は何ともならない、と私自身は思っている

不便な点がない訳ではないけれど、
みんな笑い話だ

平日は2人で朝晩のご飯たべて、銭湯行って、一緒に寝て、
週末は買い物行って、外食して、日帰り温泉にでも行って、
ずーっと一緒にいるし普段は会話らしき会話もないけれど、
たまーに馬鹿話したり、
寒い寒いと布団を奪い合ったり、
別の友人と飲みに行けば迎えに来てもらえたり、と
一人暮らしなら味わえなかった生活を今は満喫している

そりゃ不安がない訳じゃない

けど、明日生きてるかどうかも分からないのに
「不安だ、どうしよう、ああ、社会が悪い!生きづらい!」
云々と文句ばっかりいいながら毎日を過ごしたくはない

眠る前に「おやすみ」、
起きた時に「おはよう」といえる相手がいるだけで
私はシアワセだけどね(笑)




posted by かずと at 18:00 | ホモのひとりごと

2019年02月16日

やっぱり分からないLGBT

私がかねてから注目している若手のLGBT活動家、
松岡宗嗣さんがハフィントンポストに新たな寄稿をされた




松岡さんは基本的に他人の話しかしないもので、
今回の訴訟に参加したどこぞのカップルの話かな、なんて思っていたら、
松岡さん自身とパートナーの話だった

この点がなかなか新鮮だったし、
上から目線な書き方になっちゃうけど、
素直でいい文章だと思う

ただ、老婆心ながらに気になる点を、、、

まず1点目
「なぜ、私たちは、手を繋いで帰宅する途中、人の気配を感じて繋いだ手を離してしまうのだろう」

私は、手を繋いで歩けばいいと思っています
男同士で手を繋いで歩けないと思っているのは松岡さん自身の話です
日本の社会に理解がない云々の話ではありません
手を繋ぎたいのなら繋げばいい

ただ、東京なら手を繋いでいる男女も多いのかもしれませんが、
私が暮らす町ならせいぜい中高生のカップルくらいかな(笑)

続いて2点目
「なぜ、私たちは、何も後ろめたくないはずなのに、この関係を偽らなければならないのだろう」

この記述の前段階として、松岡さんは男同士で部屋を借りようとして断られた、
そんな話を書いています
これもよくよく活動家さんたちから聞く話です

この手の話を聞くと、いつも思うのですが、
一度、自分が大家さんの立場になった、と考えてみることも大切ではないでしょうか

大家さんにしてみれば部屋というのは大切な商品のはずです
空き部屋は一日でも早くなくしたいことでしょう
にもかかわらず、なぜ断るのでしょうか?

それはほとんどの男性カップルが
「ルームシェアをしたい」という形で部屋探しをしているからだと私は思います

レンタカーでもレンタルビデオでも、何でも同じでしょうけど、
モノを貸すという行為を冷静に考えれば、
必ず何かあった時の責任の所在をはっきりさせる、
というのが常識としてあるのではないでしょうか

レンタカーを数人で借りる場合も
契約時には主たる運転者を明記して、他に運転する人、といった書き方をします
何人かで旅行に行って1泊する場合も
部屋を借りるという視点でみれば必ず代表者を設けていますよね

友人同士、恋人同士、夫婦、
何でもそうですけど複数でモノを借りる時は必ず誰かが代表者(責任者)になるはずです
これは責任の所在をはっきりさせる、ということだと思います

ルームシェアを断られるのは
責任の所在がはっきりしないからではないでしょうか
結婚前の男女だってどちらかが借りて一緒に暮らすという形をとっているはずですし、
それは私たちも同様です

単に男女はOKなのに男男はダメなんていう話ではないと私は考えます
松岡さんが大家さんなら「友人同士です」といって現れた2人に部屋を貸せますか?






何より松岡さんなんてゲイであることをオープンにして、
さらにそれを仕事にしているのですから、
不動産屋で堂々と「恋人同士です」と宣言した上で、
「私が借りて彼と暮らします」と言えばいいのです

それでどういった反応があったか、というのはまさに松岡さんにしか書けない話だと思います

どうして松岡さんはゲイであることを社会にオープンにしているにも関わらず、
不動産屋にはゲイであることは告げないのでしょうか?
私にはその点が不思議で仕方ありません

“二軒目では早々に「念の為おふたりの関係を伺えますか? ソッチ系ではないと思うんですけど」と揶揄された。”

なんて記述がありますが、なぜそこで「そうです」と言わなかったのですか?

松岡さんに限らず、LGBTの活動家さんたちは
「できない」と思い込んで、勝手に問題にしていることがあまりにも多いような気がします
実際には何もやっていないんです

僕らは恋人同士で部屋を借りたい!
ときちんと不動産屋に述べた上で「男性カップルには部屋を貸せない」と言われたのなら、
それで初めて「問題発生」となるのではないでしょうか?

また、養子縁組などで2人の関係性をはっきりさせており、
源泉徴収票の提示などで2人の収入もはっきりさせているにも関わらず、
貸してもらえなかった、というのならやはり問題だと思います

何でもかんでも「できない」と言う前に、
少し冷静になる必要があるのではないでしょうか







同性婚求め一斉提訴 自由侵害し違憲

BNoe53ZN6SQ.jpg
https://www.youtube.com/


国が同性同士の結婚を認めないのは、憲法が保障する婚姻の自由を侵害し、法の下の平等にも反するとして、同性カップルが14日、国に損害賠償を求めて札幌、東京、名古屋、大阪の4地裁に提訴した。原告側弁護団によると、同性婚の合憲性を問う訴訟は初めて。

原告は、8都道府県に住む20〜50代の同性カップル計13組(札幌3、東京6、名古屋1、大阪3)。男性カップルが8組で女性カップルが5組。今年1〜2月、各自治体に婚姻届を提出したが、いずれも受理されなかった。

提訴後、原告らは各地で記者会見し、主要先進国などで同性婚ができる現状を踏まえ「国は同性婚を認めて」「誰もが自由に結婚できる社会に」と訴えた。

訴訟では、国会が立法措置を怠ったことによる精神的苦痛は1人当たり100万円に相当するとして、計2600万円の賠償を求めている。

菅官房長官は14日の衆院予算委員会で、同性愛の是非に関し「家族の在り方の根幹に関わる問題で、極めて慎重な検討を要する」と述べた。

憲法24条は「婚姻は両性の合意のみに基づいて成立する」と規定。政府は2018年5月に閣議決定した答弁書で、この条文は同性婚を想定していないとの見解を示している。

弁護団は、同性婚を禁止した主張ではないと主張。同性カップルは法的な結婚ができないため、お互いに法定相続人になれないほか、子どもを育てる場合に共同親権を持てなかったり、税制上の配偶者控除を受けられなかったりして不利益が生じていると訴えている。

東京訴訟の原告の1人、埼玉県川越市の会社員相場謙治さん(40)は会見で「特別な権利が欲しいわけではない。平等なスタートラインに立ちたいだけ」と強調。「カミングアウトできない人たちのために勝訴を勝ち取りたい」と意気込んだ。《北日本新聞》


私が暮らす町で発行されている地方紙でも、
わりと大きめに扱われていた

学のないホモである私には、
どうして同性婚を求める裁判で100万円の損害賠償なんて話がでてくるのか、
まとめて1か所でやればいい裁判をわざわざバラバラにやる必要があるのか、
このような方々が考えていることがさっぱり分からない

形式上、損害賠償が必要なら1円を請求、とかのほうが、
よほど世間の同意も得れると思うけどねーーーー(笑)

この訴訟を起こしてる方々は、
おそらくパートナーと生活を共にしているのだろうけど、
正直言って、ゲイ同士が生活を共にするって、
お互いに転勤のない地元企業に就職している、とかいった条件が重ならないと、
なかなか難しいことであったりする

どっちかが転勤となれば、その時点で同居は成立しない

てなもんで、「遠距離恋愛中」というゲイカップルは意外と多いのではなかろうか
実際に私自身も長らくそんな生活をしていた

男女の場合は結婚を機にどちらかが転職、なんてことも多々あるだろうけど、
男男の場合、
どちらかが転職してまでパートナーとの生活を選ぶ、
なんていう選択がなかなかできないように思うのよな

上記の裁判を起こしたような方々がどういった状況にあるのか、
私にはさっぱり分からないけど、
同性同士の2人が生活を共にできるってことは
「わりと恵まれた状況である」と私は思っている

にもかかわらず、裁判起こして賠償請求までやって、
なんてやってるのだから、
とても当事者の支持を得られるとは私には思えない

また、仮に同性婚が認められれば、
現在養子縁組という形をとっている方々はどういった扱いになるのだろうか

社会に対しどうこういう前に、
当事者間において議論をする必要性はいくらでもあると思うけど
だれもそんなことはしない
そういった議論をしませんか、という話をすることこそ
LGBT活動家の存在意義であると思うけど、
やはりそんなことはしない

ついでに不思議で仕方ないのは、
LGBT活動家の皆様方がSNS上でこの訴訟に対し応援メッセージを発していることで、
なら皆様方が全国の自治体にやれやれと言ってきたパートナーシップ制度は何だったのか、
という話になってしまう

やはりLGBT活動家の考えていることというのは、
学のないホモにはさっぱり分からない

まあ、今回訴訟を起こされた方々には、
派手な結婚式挙げたレズビアンの活動家の方々のような末路を辿らないよう、
陰ながら祈っております(笑)

posted by かずと at 09:00 | ホモのひとりごと

2019年02月11日

LGBTの「生きづらさ」に加担する朝日新聞

私は日頃から新聞記事を収集することを趣味としているので、
新聞各紙の縮刷版に目を通すのが日課となっている

記事の内容に関しては当然のことながら各紙さまざまなんだけど、
記事の書き方そのものも意外と各紙で特徴があるものだ

例えば読売新聞は首相の名前をフルネームで書かない、
()が続く、といった特徴がある

先の大相撲初場所千秋楽の記事なら以下のような感じ

大相撲初場所は27日、東京・両国国技館で千秋楽が行われ、モンゴル出身の関脇玉鷲(34)(本名バトジャルガル・ムンフオリギル、片男波部屋)が13勝2敗で初優勝を飾った。

年齢だけで()を区切り、本名と所属部屋で再び()を区切る
特にスポーツ記事などにおいてこのような書き方が多いから、
記事を見ただけで読売と分かる記事は多い

地方紙の元締めみたいな存在である共同通信ならこんな記事になる

大相撲初場所千秋楽は27日、東京都墨田区の両国国技館で行われ、西関脇玉鷲(34)=本名バトジャルガル・ムンフオリギル、モンゴル出身、片男波部屋=が平幕遠藤を突き落として13勝2敗とし、初優勝を決めた。


朝日新聞なども年齢を()で記した後は==で本名や所属部屋などを記している
日経や産経は共同配信の記事も多いからはやり同様で、
読売だけがかなり独特な書き方、とも言える

共同通信の記事は何だかんだいっても簡潔明瞭で、
特徴がないのが特徴、と言っていい
最近は記事が明らかに偏向しているが、記事そのものは読みやすい

同じニュースを扱っていても、産経だと1行か2行、多くなる(笑)
また、産経は「よみがな」を多くふっているのが特徴でもある

毎日は署名記事が特徴で、記者の名前を【】で閉じている
連名による署名記事も多い
朝日も署名記事があるが記者の名前は()で閉じている

と、単に新聞記事といっても各社で個性がある

中でも朝日の記事には「中途半端」で
「読者に何を伝えたいのか分からない」という最大の特徴がある


性的少数者の4割、就活で困難感じる 96%は相談せず

11-16.35.jpg

就職活動を経験したLGBTなど性的少数者の4割以上が、選考時に面接官などからハラスメントを受けたり、困難を感じたりしていたことが、NPO法人「ReBit」の調査でわかった。さらに、96%が就活時に困った際も大学のキャリアセンターなどの支援機関に相談していなかった。同法人によると、就職活動をした当事者へのこうした調査は珍しいという。

調査は昨年7~9月、性的少数者への理解を広げる教育活動をしている「ReBit」がインターネット上で実施。就活時に性的少数者と自認していて、2008~18年の間に新卒就活を経験するなどした241人からの回答を分析した。
この結果、LGBなどの42・5%、トランスジェンダーの87・4%が選考時に困難さを感じていた。選択肢を示して具体的に聞くと「人事や面接官から、性的マイノリティーでないことを前提とした質問・発言」や「面接などで性のあり方に関連したことを伝えられず困った」などの回答が多かった。トランスジェンダーについては「履歴書に性別記載が必須」などが困った点として挙げられた。

また、応募した企業に全くカミングアウトしていないと答えたのは78%。理由として、「差別やハラスメントを受けるかも」が71%と最も多く、「採用結果へ悪影響があるかも」が69%となった。

ReBitの薬師実芳(みか)代表理事は「人事担当者や面接官の理解促進、就活生の一定数がLGBTであることを前提として、決めつけた発言などをしないことが望まれる。実態を明らかにし、企業の適正な選考につなげてもらうためにも、継続的に調査をして社会の中での変化に注視していきたい」と話す。(円山史)


いかがでしょうか?
何とも中途半端な印象がないでしょうか?

私は言葉の専門家でも何でもない、素人にすぎないけれど、
朝日の記事は
最後が「ぶつっ」と途切れる記事が多い

朝日新聞デジタルの記事の大半は会員にならないと最後まで読めないものが大半なのだけど、
実際に紙面を確認して最後まで読んでみてもやはり中途半端なのだ
他紙にはない最大の特徴といっていい

上記の記事にしても「話す」で終わっている
「話した」にしてくれればこれで終わりという気になるが、
「話す」だから、また続きがあるような気がするがこれで終わりなのだ

だから朝日の記事を読むと「もやっ」とした気持ちになることが多い

これに付け足して、記事の内容が偏っているのであるから、
こんな新聞を読み続ければ思想的におかしな方向に行ってしまうのは
ある意味仕方ないことである

以上も踏まえ、上記の記事に触れてみる

この記事のタイトルは
「性的少数者の4割、就活で困難感じる 96%は相談せず」とあるが、
そもそもこの調査自体が
NPO法人「ReBit」というLGBT活動家による団体による調査だ

「ReBit」というのは、「LGBT就活」だの「LGBT成人式」だのと、
LGBTを特別扱い、ふつー扱いしない団体である
LGBTの方々に悩んでいてもらわなければ、
存在意義がない団体であるといえる

性的少数者であることを悩んでいる方、
トランスジェンダーで就職活動、その他に問題を抱えている方なら、
こういった団体が存在することも知っているだろうけど、
ふつーに生きてるゲイやレズビアンなら、
こういった団体が存在することすら「知らない」と思われる

さらによくよく記事を見れば
「2008~18年の間に新卒就活を経験するなどした241人からの回答を分析」とある
この10年の間に就活を経験した、わずか241人に対する調査結果なのだ
さらにこの241人というのは「ReBit」の活動に関わりを持っている方であろう
要するに「LGBTであることを悩んでいた方々」ともいえる

241人のうち4割が就活に困難を抱えていたのなら、
人数に直せば100人以下となる
さらにこの241人のLGBTの内訳を明示しないまま、
「LGBなどの42・5%、トランスジェンダーの87・4%が選考時に困難さを感じていた」とあるのだから、
意味不明な調査結果としかいいようがない

そもそもLGBなんて同性が好き云々の話にすぎないのに、
就活が困難云々と考える意味が分からない

別に「ReBit」がこういった調査をするのは自由であるけれど、
本当に必要なのは、
「就活の際にLGBTであることで困難を感じた」という話ではなく、
「実際にLGBTであることが仕事において何らかの影響をもたらしているか」
という点だと思うのよな

おそらく、LGBの大半は「何ら影響はない」と答えるだろうし、
トランスの方だって、それぞれの居場所で仕事をされているのではなかろうか

学生が就職の際に不安を感じるのは当然のことだろうし
LGBTの活動家なら
「大丈夫だよ、仕事には何も関係ないことだから」
と不安を取り除く活動でもしてやればいいのに、
「ReBit」がやってることなんて当事者の不安を煽ること「だけ」なのだ

こんな意味不明な調査結果をろくな検証もせず、
全国紙に掲載してしまう朝日新聞はさらにひどい

この記事を書いた朝日新聞の円山史さんって方が、
男性なのか女性なのか、私は分からないけれど、
仮にノンケ男性だったと仮定して、
女性が好きであることが記者の仕事に影響があるかどうかって、
一度考えてみればいいと思います

何ひとつないのではないでしょうか(笑)

少なくとも円山さんだって何年か、長年か知らないけど社会人をやってるんですよね???
こんな記事を書いてて「何かおかしい」って考えないものですか?

トランスの方々が就活に困難を感じるのは何となく想像できますよね
ではLGBが就活に感じる困難とは果たして何でしょうか?
記者としてそういった疑問を抱かないものですか

そして何より、この記事は読者に対して何を伝えたいのでしょうか?
円山さんだって何かを伝えたいから記者をやっているんですよね
無論、スペースの穴埋め的な意味合いもあるのかもしれませんが、
何といっても「署名記事」です

円山さんは一般企業に「LGBTフレンドリー」になるよう促しているのでしょうか???

ちなみに円山さんがお勤めの朝日新聞は
さんざんLGBTに関する記事を取り上げていますが、
LGBTフレンドリーな企業なんでしょうか?

朝日新聞には4500人ほど従業員がいるそうですが、
仮に活動家がおっしゃるLGBTが8%いれば360人もの当事者がいる計算になります
円山さんの所属先にも何人かの当事者がいると考えることができるでしょう
記者である円山さんの視点から見て、この数字は果たして現実的であるとお考えでしょうか?

また、LGBTに関する記事を量産している会社として、
朝日新聞は当事者の社員に何かの配慮をしているのでしょうか

朝日新聞がLGBTに関する記事をいくら書こうが自由ですけど、
円山さんも記者であり、問題提起をしたいなら
「では自分の会社はどうなんだろうか」
といった視点も必要ではないでしょうか?

これは朝日新聞に限らず、マスコミ全般に言えることだと思います

仮にもマスコミだってイチ企業、
記者さんだってイチ従業員、イチ社会人であるのですから
自社に置き換えればいかに活動家がおかしなことを言っているか、なんて、
すぐに分かることのはずです

しかしながら、どうして活動家の意見ばかりを一方的に報道するのでしょうか

今回の「ReBit」の記事だって、
4割は就活で困難を感じたのかもしれませんが、
6割は困難を感じていないとも読むことができます

この違いは何か?を追求すること、
それこそがマスコミの努めではないでしょうか

上記の記事なんて単に「ReBit」の調査結果を伝えただけです
いや、単に「ReBit」の広告記事にしか私には見えない

朝日新聞を始めとするマスコミは
まだ世間を知らないような世代のLGBTに不安を与え、
「生きづらさ」を感じさせることに加担している
そういっても何ら過言ではありません

私は「生きづらさ」を感じるLGBTがいるのなら、
その要因はマスコミの報道の在り方が一番の問題であると考えます






前回の「性的少数者にとって北陸は生きづらい」云々に少し追加

この地で長年暮らしてきた私の実感として、
多くの方が「自分の周囲に同性愛者がいるとは考えていない」だけ、と私は考えます
地方なんてどこもかしこも似たり寄ったりではないでしょうか

都心部だと通勤途中や休日に多くの人とすれ違ったり接したりするもので、
さまざまな人が存在することは実感として分かることでしょうか、
地方の場合だと、通勤は1人でマイカーという方が大半ですし、
帰宅もマイカーとなれば「飲みに行く」なんてことも少なく、
そもそも人と接する数が都心部とは桁違いに少ないともいえます

周囲に同性愛者がいるなんて考えもしない、
これはごく当然のことなのかもしれません

また、男性同性愛者に関して言えば
相変わらず「女装」あるいは「オネエ言葉」の印象があまりにも強い

それは見方を変えれば当事者にとっては気楽なこととも言えます
「男2人で歩いている」のは単に「男2人で歩いている」なんです
「男2人で外食している」のは単に「男2人で外食をしている」なんです
多くの方が男2人=恋人ないしカップルだなんて考えないものです

林先生は「北陸は生きづらい」と考える点が多々あるのかもしれませんが
「生きづらさ」というのはやはり個人の捉え方にすぎないと思います

先生が「北陸は生きづらい」という言葉を発すれば発するほど、
先生はこの地において孤立していくのではないでしょうか

また、京都出身の先生は気づいていないかもしれませんが、
北陸の中でも林先生の職場がある富山は特に地元愛が強い地域であるように感じます

林先生は知らないかもしれませんが、
今から二十年以上前、作家の椎名誠さんが以下のような内容のエッセイを週刊文春に書いたことがあります
せっかくなので転載してみます


富山のラーメンを少し研究体験しておこうと思い、あちこち歩いたが散策場所が悪かったのか駅の近くというのにラーメン屋そのものがない。やっと小さな飲み屋街の路地の入り口のところで「ラーメン」とだけ小さな看板を出している店が見つかった。タイプわけでいうと典型的なとうちゃんかあちゃんラーメン屋で、立地場所といいその目立たなさかげんといいとてつもなくうまいかコノヤロ絶望的にまずいかのどっちかである。

少し迷ったがもう捜すのにくたびれたので「勝負!」というかんじでそこに入った。

L字型のカウンターだけの店で、親父が一人棚の上のテレビを見ている。グルメ的旅番組らしきものの再放送らしきもののでどうも「らしき」が多いがとにかくそんなかんじのものを熱心に見ている。

ラーメンを作りながらテレビから目をはなさない。そこでぼくもそんなに面白いのかーとテレビを見ていたが、なんだか名前のわからない髪を染めたミュージシャンらしい若い男が郷ひろみみたいな声を出して能登の朝市を歩いていてしきりに明確な独り言を言っている。よくある面白不自然の独り言レポートというやつなのだがこいつが実に幼稚園的ボキャブラリーしかなくて「あ、すごい」とか「やるじゃん」とか「うまそう」ぐらいしか話さないというすごい内容だった。

本年度わが飲食ラーメンの最下位味確定である。しかしそのどうしようもないテレビ番組とこのどうしようもないラーメンはうすらわびしいなりに妙にマッチして人生的に味わい深いものがあった。


いかにも椎名さん的な表現であるし、
他の地域なら「どこの店で食べたんだろ」「あの店かもな」と、
その程度の話題ですんだと思いますよね

ところがこのエッセイがが富山県を挙げての騒ぎになったのだ
当時のことを椎名さんはエッセイ「ネコの亡命」の中でこう記している


ラーメンといえば、以前富山の駅近くのラーメン屋がとてつもなくまずかったと書いたら富山の新聞やテレビがそのことを取り上げ、地元でちょっとした騒動になってしまったらしい。つまり富山のラーメン業界のイメージダウンと。たまたま駅近くのラーメン屋がまずかったと書いただけで富山県のラーメンがまずかったというわけではないのでどうか静まっていただきたい」


私の周囲でも
「椎名誠は富山を馬鹿にした、けしからん」という方は多々いました
椎名さんと富山が和解?したのはずいぶん後のことだったのではないでしょうか(笑)

また、石川県や福井県の方に
「(石川ないし福井が)いいところですよね」といった話をすると、
「そっかなあ」なんてことを言われるのですが、
富山の場合は「そうやろ」とにっこりされることが多い

よそ者の私から見て、
明らかに富山は地元愛が強いように感じます

こういった土地柄で、
よそから来た先生のような方が
「生きづらい」といい続けることは
先生の将来にとっても到底プラスになるとは思えません

ちなみに先日、うちの旦那が同僚宅に「お呼ばれ」してきました
その同僚の方は「北陸」の方です

うちの旦那は「下戸」ですが、
宴であまったお酒を「彼氏に飲ますから」といって、
ちゃっかりもらってきてくれました

旦那の上司も
「この連休は彼氏と何処も行かないの?」
なんて聞いてくるそうです

ちなみに旦那は会社でカミングアウトをしている訳ではありません

そして、私がカミングアウトしている相手の大半は北陸の方です

先生は一度「北陸は性的少数者にとって生きづらい」という考え方を
リセットする必要があると思います

生きづらくしているのは林先生自身です
そろそろ気づかれてはいかがなものでしょうか

私のような学のないホモが先生のような方に大それたことを述べ、
大変失礼いたしました
今月の高岡における講演の成功を心より願っております




posted by かずと at 17:00 | ホモのひとりごと

2019年02月06日

何も解決したくないLGBTのみなさん


LGBT支援 北信越で連携 5県の団体

PK2019020502100149_size0.jpg

地方都市で生きづらさを感じている性的少数者(LGBT)を支える北信越五県(新潟、富山、石川、福井、長野)の団体が連携を強めている。二日に金沢市内で代表者らが集まり、性の多様性に関するアンケートを参院選の比例代表北陸信越ブロックの候補者に行ったり、五県の会場持ち回りで情報共有の会議を続けたりすることを決めた。(押川恵理子)

新潟を含む北陸四県の支援団体による会議は二〇一七年に始まり、今年は長野の団体がウェブ会議で初めて参加した。LGBTへの偏見が都会に比べて根強いとされる地方で連携することが狙いだ。

参加団体の「ダイバーシティラウンジ富山」スタッフの中川理(みちる)さんは「例えばLGBTのための拠点があっても地方では人目を気にして集まりにくい。都会のやり方を持ってきてもうまくいかない」と語る。

そうした現状を変えようと動く各地の九団体が活動を報告した。石川県白山市の助産師らが一八年十月に設立した「にじ●はぐ白山」は同性パートナーシップ制度の実現を求め、千名以上の署名を同市に提出した。自身の子どものパートナーが、体と心の性が異なるトランスジェンダーという植田幸代代表は「現実にいることを伝えることから始まる」と語った。

「ELLY福井支部」は一七年の衆院選や一八年のあわら市長選、越前市議選などの候補者にアンケートを行い、性的指向や性自認に関する差別禁止を盛り込んだ条例制定への考えなどを尋ねた。新潟県の「LGBTにいがたlove1peace」はパートナーシップ条例の制定を働き掛けるため弁護士会と連携している。

LGBT法連合会(東京都)共同代表である「ダイバーシティラウンジ富山」代表の林夏生・富山大准教授は「北陸は性的マイノリティーが生きづらい地方だからこそ地方会議というプラットフォームが必要。ウェブ会議で九州や東北など他の地方ともつながろうという話も出た。(地方出身のマイノリティーにとって)古里を帰れるまちにしたい」と語った。《北陸中日新聞》







私は長らく北陸に住んでいるホモであるが、
上記のような記事を見ると、
やはり「うーむ」と頭を抱えてしまう、というよりツッコミを入れたくなるのよな

「いやいやいやいや、お兄さん、お姉さん、どこも一緒やないのかな」って

私はホモであるからゲイに限定していれば、
地方と都心部の違いなんて、
出会いの数が多いか少ないか、遊ぶ場所が多いか少ないか、
くらいなもんではなかろうか

金沢や富山で生きづらい、なんて思ってるホモは、
東京や大阪に行っても同じだと思われる

市街地であれ、新興住宅街であれ、
一軒家に住んでいるとどうしても近所付き合いは出てくるものだし、
それはホモにとっては息苦しく感じるかもしれないけれど、
これは都心部の一軒家に暮らしてもまったく同じことだと思うのよな

例に挙げると申し訳ないけれど、富山でも八尾や五箇山に住んでいたら
人間関係も密であろうし、
ホモとしては生きづらいと感じるかもしれないけれど
それは都心部のいわゆる下町と言われるエリアでも同様だろう

富山大学のある五福のアパート暮らしなら、
人間関係云々という面においては
都心部のアパートの暮らしと大差ないんじゃなかろうか

記事には「例えばLGBTのための拠点があっても地方では人目を気にして集まりにくい」なんてあり、
LGBTのための拠点というのが何なのか私にはさっぱり分からないけど、
北陸にだってゲイバーやミックスバーはあるし、
ゲイ向けのマッサージもあるし、売り専もあるし、
たまにイベントも開催されたりする

かつて富山に存在した「ヤリ部屋」付きのゲイバーなんて、
住宅街のど真ん中にあったけど、
いちいち人目なんか気にしてたら性欲を満たすことなんて不可能だ(笑)

「人目が気になって」何かできないって方は、
都心部に行っても一緒だろうし、
仮にストレートであっても一緒だと思われる

「人目云々」というのは自分の考え方の話であって、
周囲や社会の責任にするようなことではないのよな







で、この記事の中に「ご無沙汰してます」的な名前を発見した
私が今お会いしたいナンバー1の存在である
富山大学准教授の林夏生先生である
写真をよくよく見るとちゃんといるではないか

で、林先生は相変わらず
「北陸は性的マイノリティにとって生きづらい」
なんてことをしゃあしゃあと述べているが、
「生きづらい」なんて言ってるから「生きづらい」のよな(笑)

何より、
富山にだってふつーに生きてるホモがいることを、
先生は知った方がいい

林先生が富山の何処に住んでいるのか知らないけれど、
先生のお勤め先である富山大学の周辺でゲイ向けのアプリを開けば
「お仲間」はわんさと出てくるのよな
私もアプリをフル活用して遊んでいた時期もあったけど
明るくて陽気な子が大半だったけどね(笑)

ちなみに林先生のお仲間さんたちは
「LGBTは8%いる」だの、何だのって一生懸命言いまくっている
仮に富山市に40万人いれば3万2000人もの当事者がいる計算になる

3万2000人となれば小矢部市の人口と変わらない
これをマイノリティと呼ぶのか、私には分からない

何より、先生は「北陸は性的マイノリティにとって生きづらい」と考えるほど
四六時中、自身の「性的指向」を意識しているのですか?

だいたい私らホモなんて単に男が好きな男というだけで、
日頃から男として生活し、男女別なら男性用の施設を利用し、
性別欄には何のためらいもなく男に○をつけますよね
仕事も男性として仕事をしていますよね
先生はいったいどういったタイミングで
「自分はゲイだ」と考えるのですか???

私は残念ながら大学の先生などという職業についたことはないですし、
そもそも大学にも行ってないですから、
大学がどんなところかも分かりません

ただ、お恥ずかしながらいろんな職種を経験してますので、
いろんな世界は見てきているという自負はあります

私は客商売が長いですから、
かわいい男の子が客として現れると
「あー、かわいいなあ」とときめきはしますけど、
だからといって「あー、僕はホモだ。苦しい」とはなりません(笑)

私がかわいい男の子を見て「かわいい」と思うのは、
ノンケ男子がかわいい女の子を見て「かわいい」と思うのと同様で、
実に自然なことです

私がホモであることを意識するのは、
ノンケの友人なり同僚が嫁さんの悪口を言いだした時くらいでしょうか
「あー、ノンケなんてめんどくせー!!ホモで良かったー」
くらいな感じです(笑)

あと「あいつ、ホモっぽいよなー」という同僚がいれば
「目の前にいるのがホモですよ」と内心笑う、みたいな感じです

先生はいったいどんな時に自分を「ゲイ」であると認識するのですか?

大半の社会人なら、仕事中に性的指向を意識することなんてないと思いますが、
大学のセンセイは違うのでしょうか???

林先生も某鈴木教授のように嫁さんに選んでもらったらしい同僚のネクタイを見て
「あー、こいつらは四六時中異性愛者であることをアピールしている」
なーんてことを考えているのですか???

大学教授というのがそんな余計なことばかり考えることができるほど暇ならば、
転職された方がいいのではないでしょうか

富山大学の前を走ってる路線バスの会社なんて人不足でひいひい言ってますから、
何なら紹介しますよ(笑)
私の友人は「今日も公休出勤だ」と嘆いてます

ちなみに免許をお持ちでなければ、大型2種も会社が取らせてくれるそうです
バス運転してりゃ、いちいち自分がホモだ、なんて考える余裕は一切なくなりますよ
暇だから余計なことを考えるんですよ

運転なんて無理と考えるなら
春から半年ほど立山の山小屋あたりで過ごすのもいいかもしれません
先生の職場からも美しい山々が見えていることでしょう

参考までに申しますと山小屋の従業員部屋なんてどこも雑魚寝、
プライベートゼロみたいなもんです
プライベートが確保されているからこそ、
「性的指向」についてあれこれ考えちゃうんですよね
プライベートゼロなら性的指向もへったくれもありません

さらに稜線の小屋あたりに行けばどこも水の確保に苦労しています
ついでに5月でも猛吹雪に見舞われたりします
悪天候が続けば燃料、食料の確保といった問題も発生します
排便すれば自分で処理しないといけません
1週間もいれば「どうやって生きるか」を真剣に考えるようになるでしょう
やはりホモであることについて考える暇なんてどこにもありません
あれこれ悩むのなら一度こうした環境に身を置くのも手がもしれません

運転や山の仕事に限った話ではなく
仕事しながら性的指向のことを考える暇なんてないと私は考えますが違うのでしょうか?

極端な例を挙げましたが
こういった感じで、多くの方は日中の大半、仕事をしている訳ですよね
仕事を終えればあとは帰って晩飯食べて寝るだけでしょう
たまには同僚と飲みに行くかもしれません

飲み会の席上で「おまえ、結婚しないのか」なんて話もでるかもしれません
しかしながらこんなの北陸でも都心部でも一緒ではないでしょうか

いったいどこをどうみれば
「北陸は性的マイノリティーが生きづらい」となるのですか?

都心部在住のゲイなら、週末に飲みにいったり、仲間と遊びに行ったりするのかもしれません
私も独身時代、エロ目的でよく上京してました(汗)
(新幹線がない頃は安かったなあ・涙)
遊ぶ場所が少ないという話であれば
おカネはかかるけど今や新幹線に乗れば、東京まで2時間です
金沢のゲイバーだって高速バスに1時間乗ればつきますよね

北陸で暮らしていても、いくらでも楽しみ方なんてある訳です

私には先生方が「生きづらい」生き方を模索しているようにしか見えません

何より、先生のような方が
「北陸は性的マイノリティにとって生きづらい」
なんて言えば言うほど、
富山大や金沢大を志願する当事者の学生は減るかもしれないし、
転勤族のサラリーマンなんかからみれば、
最初からそういった色眼鏡で北陸という場所を見てしまうものではないでしょうか

地方なんてどこも似たり寄ったりだと思いますし、
むしろ都心部が「特別」な存在なんだ、と私は考えます

ろくな根拠も示さず、
「北陸は性的マイノリティにとって生きづらい」
なんてふざけたことを言うのはやめてもらえませんか?
先生のような立場の方がそんなことを言うから
「生きづらい」と考える当事者が現れるのです

先生方がこういった主張をすることにより
何か解決策は見いだせるのでしょうか?
実際に冒頭の記事の会議で
問題とされていることに対する解決策は見つかったのですか?

他の地方とつながって何をするんですか???







LGBT活動家の皆さんに共通して言えるのは、
問題点ばかりを掲げて、
何ら解決策を見出そうとしないことです

冒頭の会議みたく、
「生きづらい」と考える方々が集まっても何ひとつ解決するとは到底思えません
金沢のゲイバーのママでも呼んで話を聞いた方が、
よほど有意義でしょう

問題の解決には「考え方の違う」人間の話を聞くのが一番の近道なのに、
LGBT活動家の皆さんはそれをいっさいやらず
「排除」と「批判」に徹するのです

だから何も解決しない

ま、解決しないことこそが、林先生たちの存在意義なんでしょうけどね(笑)

20190223takaokakouza-721x1024.png

一度、先生のお話を真剣に聞いてみたいと思っている矢先に
上記のような講演が高岡で開催されることを知りました

残念無念なことに、この日は所用があってこの講演には参加できません

しかしながら、いつか、先生のお話を真剣に聞いてみたい
先生と私は似たような世代ですし、通じることも多々あるでしょう

先生が北陸の地で感じてきた「生きづらさ」について、
徹底的に質問してみたいと思っています
私なんかは能天気に生きてるホモにすぎませんから
先生の話を生で聞けばようやく分かることだってあるかもしれません

林夏生先生、
今年はお会いできる日を心底楽しみにしております!
posted by かずと at 16:00 | ホモのひとりごと

2019年02月03日

何とも虚しいLGBT

いつだったか、ツイッターを拝見していたら
「LGBとTがなぜ一緒に活動しているのですか」という問いに対し、
「Tの方にも同性愛者がいるからです」などという回答を見かけ、
まあ、そうであるよなあ、と私は思い、
だからこそメディアで拝見するトランスの方々は
LGBと一緒に活動しているのか、と勝手に納得していた

だからこそ、以下のニュースを目にしたとき、
めちゃくちゃ違和感があった


8.30.jpg

ゲイとトランスジェンダーと母と子 新しいファミリーが生まれた

結婚しなくても、子供を育てなくても、幸せになれる。そんなの当たり前だし、個人の自由だ。

だけど、最初からその選択肢を奪われているとしたら、どうだろう。どんなに愛し合っていても、結婚したり、子供を産み育てたりすることを、社会から認められていなかったとしたら。

トランスジェンダーの杉山文野さん(37)と、パートナーのあいさん(仮名、34)。ゲイの松中権さん(42)。

2018年11月、3人に待望の赤ちゃんが生まれた。自分たちが子供を授かるなんて思っていなかった。生まれたのは赤ちゃんだけでなく、新しい「ファミリー」。


杉山文野さん、パートナーさん、そして松中権さんを含め、
おめでとうございます

杉山さんは実際はどうであれ、現在は男性として生活しているのでしょうし、
この点について深く追求するつもりはありません

この記事を読んでへえ、と思ったのは、
杉山さんのパートナーが女性であるということでした

私、「杉山さん、ノンケなんだ」って驚いたんです(笑)

だって杉山さんは男性として生きている、
パートナーさんは女性、
パートナーさんが精子の提供を受けて出産、
となればノンケの男女カップルと何ら変わりません

杉山さんは性別適合手術を受けていないと聴いたことがありますが、
仮に手術を受けて戸籍も男性になれば、
パートナーさんと普通に結婚できるということですよね?

私は長らく、「T」の杉山さんが「LGB」と共に活動をしてきたのは、
勝手に杉山さんの性的指向が男性だから、と思い込んでいたんですよね
(すみません、勉強不足で)
しかしながら男性として生きている杉山さんの性的指向は女性な訳で、
ホモの私からみれば異性愛者、ノンケです

どうして杉山さんはあえて「マイノリティー」のままでいるのでしょうか?
無論、さまざまな事情があるのは察しますが、
子供さんも生まれたとなると話は違ってくると思うのです

今現在の私はホモであることを満喫しています
生まれ変わってもホモでありたいし、
間違ってもノンケにはなりたくない

ホモである私にはマイノリティーを脱する方法はありませんし、
別にマイノリティーのままで結構です
だから社会に対し何かを求めるなんてことはしません

対して、杉山さんをはじめとするLGBT活動家の皆さんは
「マイノリティーであるが故の苦労」を世間に訴え、
それを改善するための活動をしていると私は認識しています

けど、「マイノリティーである故の苦労」を訴えてきている杉山さんは、
男性として生きていて女性が好きなら
マイノリティーを脱する方法を有している訳です

まして今回は子供さんも授かった訳です
となれば、杉山さんはなぜ「マイノリティー」のままでいらっしゃるのですか?

私には杉山さんが「LGBT活動」を行うために
自分の意思で「マイノリティー」という生き方を選択しているようにしか見えないのですが、
違うのでしょうか???






一方でこんな話もありました
先日、LGBT候補が市議選でトップ当選、というものです
以下京都新聞より転載


LGBTの候補、市議選トップ当選 「同じ境遇悩む人の希望に」

27日に投開票された京都府亀岡市議選(定数24)で、戸籍を男性から女性に変更した無所属新人、赤坂マリア氏(48)が2270票を得てトップ当選した。LGBT(性的少数者)を公表して選挙に臨み、「同じ境遇で悩む人たちの希望になりたい」と述べた。

LGBT自治体議員連盟によると、全国の地方議員8人がLGBTを公表しており、赤坂氏は9人目。

赤坂氏は大阪府高槻市出身。子どものころから男性であることに違和感を覚え、27歳の時に性別適合手術を受けた。大阪でタレント活動やクラブ経営をしてきたが、10年前に祖父母の介護のため亀岡市に移住。現在は、市内で高齢者向け住宅を経営する。

選挙では自転車で市内一円を回りながら、高齢者や若者が楽しめるまちの実現を訴えた。

午後10時40分ごろ、事務所で支持者に囲まれ、赤坂氏は「地盤が無いなか、みなさんのおかげで多くの支持をいただくことができた」と涙ぐんだ。「私はパワーもある。人脈もある。亀岡に人を呼び、できるだけ早く高齢者が楽しめる居場所をつくる。今日を亀岡の新しいスタートにしたい」と力強く語った。


活動家の皆様もこぞってツイッターでこの記事を取り上げたり、
祝福のコメントを掲載したりしています












うちの旦那はこの記事を見た時、
「LGBT候補じゃなくてトランスジェンダー候補だよね」
と、実にまっとうなことを述べていたのだけど、
同時に私はいわゆるLGBTの政界進出、という点において、
これまでとはまったく話の流れが違うことに気づきます

彼女においては、
「LGBTが出馬してトップ当選を果たした」
のではなく
「市議選でトップ当選を果たしたのがLGBTだった」
という流れなのです

上記の記事においては
「LGBT(性的少数者)を公表して選挙に臨んでいた」とありますが
彼女に関しては「性同一性障害であった」ことを公表していたと思うのですが違うのでしょうか?
こういったことは記事の書き手によってずいぶん印象が変わってくるものです

すべてを確認した訳ではありませんが
恐らく、石川大我さんも、尾辻かな子さんも、上川あやさんも、松岡宗嗣さんも、鈴木賢教授と思われるアカウントも、
これまでに赤坂マリア氏なる人物について、
ツイッターで取り上げていなかったはずです

彼女がもし「LGBT」云々を前面に出して選挙戦を戦っていたのなら、
市議選に出馬した段階で活動家の皆さんがもっと大騒ぎしていたと思うのです
石川大我さんなんて喜んで応援に駆けつけたことでしょう
実際に先の青森市議選ではかなりハッスルされていました

恐らく、活動家のみなさんは彼女が出馬したことを知らなかったのでしょう
当選して記事になって、初めてその存在を知ったのではないでしょうか
彼女もまた、活動家を頼るようなことも、
LGBTを売りにするようなこともしなかった

赤坂マリアさんについては、1年前の京都新聞が取り上げていますので、
転載させていただきます


■がん予防やボランティア活動に取り組む赤坂マリアさん(47)=京都・亀岡市

30~40代のころ、身近な人をがんで亡くす経験が相次いだ。ダンサーら個人営業の人が多く、健康診断に行かず手遅れになったケースが多かった。そのため、亀岡市内で高齢者ホームを営む傍ら、大腸がんの早期発見に向けた検便キットを配布する団体を設立し、活動している。

ただの“啓発"では多くの人に関心を持ってもらえない-と、今月4日、得意の歌やダンスを披露するトークショーを亀岡市内で開いた。集まった市民300人以上を前に舞台に立ち、がん予防を呼び掛けた。

性同一性障害で、男性として生まれながら、心は女性だった。小さい時から女の子と遊ぶことの方が多く、ドッジボールよりゴム跳びが楽しかった。「他の人と違う」。はっきりと自覚したのは高校生の時。しかし、厳格な父親や当時の閉鎖的な空気から「カミングアウト」することはできなかった。20歳のころ渡米し、LGBT(性的少数者)に理解があるサンフランシスコでありのままに生きる人たちの姿をうらやましく感じたが、「今の日本では無理」と思いを封じた。

転機となったのは27歳。車を運転中に壁に衝突する事故を起こした。足やあごを複雑骨折し、3日間、生死をさまよった。九死に一生を得て、決意した。

「自分らしく、やりたいことをして生きていきたい」。家族に打ち明けると、父と兄は嫌悪を隠さなかったが、母は「あんたはあんた」と受け入れてくれた。

それから文字通り「やりたいことをやる」生活を始めた。大阪・ミナミでクラブやバー、お好み焼き屋などを経営しつつ、ジャズダンスを本格的に学び、ショーに立つようになった。ラジオやスポーツ紙で人生相談を担当したり、脳性まひやダウン症の子どもたちのボランティアをしたり…。「人に喜んでもらえることが何よりうれしい。頼まれると断れず、やることが増えていった」と笑う。

再び転機が訪れたのは40歳のころ。亀岡市で暮らす祖父母の介護のため移り住むことになった。知り合いがいない土地で認知症がひどくなる祖父母を世話する日々。くたくたに疲れたが、「どうせ2人介護するなら5人も10人も同じ」と発想を変え、有料老人ホームを開いて他のお年寄りも受け入れた。

そうした経験や自身の姿も重なり、お年寄りや障害児ら「弱者」といわれる人が住みやすいまちが、誰もが快適なまちになると気付き、実践したいと思うようになった。現在は、障害児が家族と住めるグループホーム設立を目指している。

地域とつながると、いろんな人から相談を持ちかけられる。子ども食堂や青色パトロール活動も手伝うようになり、子どもの知的好奇心を掘り起こすような居場所づくりも模索する。がん予防の団体拠点も福岡、石川両県に広がり、協力者も増えた。「すっかり地域のおせっかいおばちゃん。今が一番面白い」と笑う。

本当の自分を隠していた時は、自分をレールにはめようとして、かえって歯車が合わないことが多かった。自分を貫くと世界が変わり、120パーセント以上の力が出せるようになったという。「変わろうと思えば変われるし、失敗を恐れず、まずやってみたら」。悩んでいる人にはそうエールを送る。


LGBTだあ、差別だあ、云々と言ってる方とはまったく違う生き様であると察します
過去の動画やラジオ音声も拝聴させてもらいましたが、
めちゃくちゃパワフル、かつ芸達者な女性です

彼女は女性として地域のために活動をしてきて、
その延長で市議会議員選挙でトップ当選を果たした

京都新聞や毎日新聞は「LGBT候補がトップ当選」といった伝え方をしていますが、
彼女に関してはLGBT云々を伏せていてもトップ当選であったような気がします

彼女がいったいどんな選挙活動を行っていたのかは存じませんが
ニュースタイル かめおか」なるサイトで赤坂マリアさんの紹介文をみれば、
「LGBT」という言葉も「性同一性障害」という言葉も一言も出てきません
彼女にとって、男性として生まれたことはあくまで一面にしかすぎないように察します

ちなみに亀岡市議選は1月20日に告示されているのですが、
この時の記事をみても「LGBT候補が出馬」という記述は見当たりません
以下も京都新聞です


任期満了に伴う京都府亀岡市議選は20日に告示される。定数24に対し、28人が立候補の準備を進めている。投開票日は27日。

立候補予定者は現職19人、元職2人、新人7人。政党公認は共産4人、公明3人、日本維新の会1人。推薦は自民党2人、立憲民主党1人となる見込み。

主な争点は、市内の人口減少や少子高齢化、昨年に多発した災害への対応など。京都府がJR亀岡駅北側で建設中の京都スタジアム(仮称)の活用方法や未実施の中学校給食の是非、市の検討する全国初の罰則付きプラスチック製レジ袋禁止条例への賛否も論争になると見込まれる。4月の府議選、夏の参院選を控え、各党は積極的に応援に入る構え。

有権者数は昨年12月3日現在、7万4435人(男性3万5889人、女性3万8546人)。


赤坂マリアさんは元男性かもしれませんが、
それはあくまで結果にすぎないというのがよく分かる流れです

私はよほど他のLGBT候補より、赤坂さんという方は信用できると考えます

果たして
彼女は「LGBT」「トランスジェンダー」と呼ばれることを望んでいるのでしょうか?

今回の選挙は
「LGBT」という言葉が当事者間の連帯を意味するものでも何でもなく、
単に活動家さんとマスコミだけが使うだけの、
空虚なものであるものを示したように感じます






しばらく私が出稼ぎで留守にしていて、
中休みで帰ってくるなり旦那が出張というすれ違いな週末

我が家のこたつの上には「Badi」最終号が置いてある
食卓の上にエロ本を放置しているようなもので、
うーむと思ったりもするが、
ある意味旦那と私、「らしい」ような気もしなくもない

「Badi」最終号には、これまでの「Badi」の表紙すべてが掲載されていた
私が買っていたのはイラストが表紙だったから、
ずいぶん初期の頃だったんだなあ、なんてことを思う

IMG_3388.jpg

旦那もいないし、でもないけど、
私は袋とじになっていたDVDをデッキにセットした
こんなDVDが付くようになったのはいつからなんだろうか

最近、エロ動画を見てもすっかりムラムラすることもなくなり、
あー、これが年をとったということか、と落ち込むことが多かったけれど、
グラビア撮影の様子、というのはなかなか新鮮な光景、かつエロく、
久々にムラムラする、という感触を味わった(笑)

「Badi」さん、本当にお世話になりました
おおきにww
posted by かずと at 06:00 | ホモのひとりごと