2019年04月20日

LGBTに関わる弁護士先生

活動家以外の一般の方のツイートは基本的に取り上げないようにしているけれど、
同性婚訴訟に関わっている弁護士さんならまあよかろう(笑)









私自身、ホモとして「同性婚が認められたら」云々と考えることもあれど、
今回の裁判を応援する気にならないのは
この弁護士さんにしろ、訴訟に参加した当事者にしろ、
同性婚反対派を批判するような言動が見受けられることだ

さらにこのツィートを見れば、
「幼児婚、複数婚、アニメキャラ婚」云々が的外れ、なんてことを書いてるけど、
仮に同性婚が認められたとして
続いて複数婚を認めろって話が出てきた時に、
あなたならどう答えるんですか、ってことなんよな

実際にそういった方々が同性婚推進派に近づきつつあるのも事実ですよね?

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LGBT活動家の方々は日ごろからこんなことを言ってます
「同性婚が認められると、あなたにどんな不利益がありますか?」
そうなんですよ、この観点からいくと反対する理由なんてないんですよ

にもかかわらず、どうして、「反対」なんて意見が、
それも私たちのような「当事者」側から出るのでしょうか?

それは単に活動家なり、
今回の同性婚訴訟に参加されている方の態度が悪すぎるから、
だと思います(笑)

本当なら南川先生も含め、
どんな反対意見が出ようとも、それに対して説得するくらいのことが必要なのではないでしょうか?

しかし、みなさんは違うのです
「言いがかり」「勉強不足」こういった言葉で済ませてしまう

日ごろから賛同者を増やそうとせず、敵ばかりつくるのです
そして、現状に満足して生活している当事者をバカにするのです

どっかの教授は
「(カミングアウトしないゲイは)一生隠れて嘘つきまくって死んでいきたい派」
どっかの経済評論家は
「(カミングアウトしないレズビアンは)学習性無気力症なのではないか」
なんてことを述べていますけど、

これがLGBT活動家の本音なんですよ(笑)
南川先生、どう思われます???

こんなことを言われている当事者が、
彼らの活動、行動、言動を支持できると思われますか???

そして何より、今回の同性婚訴訟が、
「婚姻という形をとりたかったけど、やむをえず養子縁組という選択をした」
といった方々が
「おやこでもきょだいでもなく、ふうふ」という形にしてほしい、
という裁判ならまだ多いに納得できるのよな

しかしながらこの訴訟に参加しているカップルが、
本当に同性愛者なのか、本当に愛し合っているカップルかなんてことは、
第三者には判別のしようがないことなんです

本当に彼らが日ごろから生活をともにしているのなら、
辛い点、不便な点、不安な点もあるかもしれないけれど、
それを補ってあまりあるほどの「楽しいこと」があるはずなのです

しかしながら彼らの口からその「楽しいこと」が語られることはありません
実際に旦那と暮らしている私にはこの点が不思議で仕方ないのです
好きな相手と生活をともにするってことは、
とんでもなく「楽しい」ことです

何より、入院した際のことや遺産相続云々のことを考えるのなら、
いつ認められるか分からない「同性婚」の実現を待つより、
「養子縁組」で「家族」になる方が現実的です
今日入院するかもしれないし、明日死ぬかもしれないのです

彼らのいう「結婚できなくて困難なこと」っていうのが、
いかに口先だけかっていうことがよく分かると思いませんか?
彼らは全員、日ごろから生活をともにしているカップルなんですか???

さらに1人あたり100万円もの損害賠償請求、なんていうのもさっぱり理解不能です

元サッカー日本代表のハリルホジッチ氏のように
お金が目的ではないという意志を示すために
「1円訴訟」をするっていう方法だってあったろう

少なくともこの100万円の損害賠償請求という部分だけでも
「単なる金目当てじゃん」と醒めた目で見てるのは私だけではないと思う






あと南川弁護士さん、こんなツィートもしてますね




先の高円寺で起きた選挙妨害をまるで正当化しているように見えます

私は南川先生のセクシャリティは存じませんし、興味もありませんが、
先生のような考え方そのものが、
社会の同性愛者に対する理解を遠ざけていると思います

高円寺で起きていたのは「集団リンチ」そのものですよ

南川先生は杉田議員があんなガラの悪い連中に取り囲まれているのを見て、
「この人はこんなことをされても仕方ない」
そう考えた、ということですね

これって、弁護士として、正しい考え方なんでしょうか?

こんなの弁護士っていうより、単なる運動家、活動家の考え方じゃないですか?
弁護士であるのなら、法に沿って
「こういったやり方はまずい」って言うものではないのでしょうか

LGBT活動家のみならず
南川先生のような「自分は正しい」と信じているような弁護士さんが絡むことによって、
日本の同性愛者というのは、ますます世間から浮いた存在になっていくのです

「同性婚を認めろ」とか「差別されている」とか騒ぎ立ててる人たちだけが
同性愛者じゃないんです
多くの同性愛者は一般社会に溶け込んで生きているのです

活動家はそんな大多数の同性愛者を小馬鹿にし、
マスコミや理解者と称する「アライ」とかいう人たちは、
完全にどの他大勢の存在を無視しているのです

ま、その他大勢は騒いでほしくも何ともないんですけどね(笑)

弁護士先生のような素晴らしい才能を持たれているような方に、
私のような低学歴の者が物申すなんていうのは根本的に間違っているのかもしれません

ただ、低学歴のホモでもひとつだけ先生に助言できることがあります

それは「LGBTに絡むとろくなことがないですよ」ってこと

先生の今後の活躍を期待しております




posted by かずと at 08:00 | ホモのひとりごと

2019年04月17日

今日も楽しくLGBT

LGBTとかいう人たちが、
杉並区議会議員に立候補された方の演説を妨害している動画を見た

彼らの標的がこの立候補された方ではなく、
応援演説に訪れた杉田水脈衆院議員であることは明白であるし、
ここにいた大半はおそらく当事者でもないのだろうけど、
候補者の方、ならびに杉田議員には申し訳ないけれど、
LGBTなるものの実態を世間に知ってもらういい機会になったのではなかろうか






だいたい「差別をするな!」とか「傷ついた!」とか「謝罪しろ!」
なーんてすぐ口にする人間って、
自分が人を差別したり傷つけたりすることに
一切抵抗がない人たちなんよな

同時に
下品なプラカードを掲げ、相変わらず1人の女性議員を誹謗中傷し続けるこういった光景が
ネットを通じ全世界に配信、拡散されていることに何ら抵抗がないものなんだろうか?

一方でこんなけったいな行動をとってる人たちのお仲間さんが
「同性婚を認められないのは差別です!」
なーんて言いながらテレビカメラの前で涙を流していたりする
なかなかLGBTの世界というのは奥が深い

ぼちぼち、騒動のきっかけを作った尾辻かな子先生のご意見も伺いたいところである

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お恥ずかしながら、オネエとガチホモである旦那と私の会話には
日常的に「シモネタ」が出てくる

友人たちとの会話においてはそれほど露骨なシモネタは言わないけど、
「誰それはいい体してる」とか「◯◯はかわいい」とか、
街でイケメンをみかけりゃ「きゃー」なんて
年甲斐もなく乙女になったりもする
こういった会話も含めてホモであることは楽しいのよな

よそのことは知らぬがホモの方々なんてそんなもんじゃなかろうか

しかしながらLGBT云々とおっしゃっている方々が、
日ごろからそういった話をしているとは到底思えない

だいたい彼らにとって「楽しい」は禁句である
そんなことを言った瞬間に袋叩き、
裏切り者扱いされてしまう
彼らは日常的に苦しみ、差別されていないといけないのだ
無論、笑顔を浮かべることなど許されないのだろう
好みの男に関する話なんかも厳禁なのかもしれない

いくらパートナーがいても
「僕らはシアワセです」なんて言っちゃいけないのがLGBTなのだ
「部屋を借りるのに苦労した」
「不動産屋に怪しまれた」と言わなきゃなんないのである

「僕ら毎日キスしてます」とか「彼氏がご飯つくってくれた」といったノロケ話、
さらにはシモネタなんて口が裂けても言えないであろう

LGBTの方々がシアワセなエピソードを語ることは許されないのである

そんな彼らが最近は何処かしこに集まって
「差別はやめろ!」などと大騒ぎするようになった
以前は「僕らのことを理解してください」とおとなしめにパレードなんかやってたけど、
ずいぶん凶暴化してきたものだ

無論、こういった場に参加することが、彼らの結束力を高めているのかもしれないけれど、
結論から言えば、あの場に居合わすってことは、
「私はホモである」とカミングアウトしてるのと何ら変わらないことなのよな






私の持論にすぎないけど、
ホモとノンケの違いなんて、
男性に対し勃起するか、女性に対し勃起するか、
「だけ」である

要するに、ホモであるってことをカミングアウトをするってことは、
「私は男性に対し性的興奮を覚え、勃起します」
と告げているのと何ら変わらないこと

言い換えれば
「僕はホモビデオを見ながらオナニーしています」ってことを
と宣言しているのだ

それを衆人環視の中でやるのだから
なかなかLGBTの方々というのは根性が座っている
私のようなホモにはとうてい真似できない(笑)

「勃起の対象が違う」だけの話のどこに
差別があるのか私にはさっぱり分からぬが、
彼らが言うには「差別」があるそうな
やはり私のようなホモには到底理解できない思考回路である

ぜひこのブログをご覧のみなさまは
こういった視点で拡散しているLGBTの方の動画を見ることをおすすめします

その際はぜひ音を消してご覧になってください
そして彼らが「オレはホモビデオを見ながらオナニーしてるんだ!差別するな!」
といっていることを想像してみてください

いい年したおっさんが何をやっているのかと、
きっと笑えてくるはずです

でも、彼らがやっているのはそういうことなんです






私は間違ってもホモのことを弱者だなんて思ってほしくないもので、
こんなブログをちまちま書き続けているのですが
彼らは男に対し勃起してしまうことを
「かわいそう」「差別されている」と思ってほしいそうです

彼らにとって「かわいそう」と思われることは生きがいであり、
喜びでもあるのです
「かわいそう」と言われれば言われるほど勃起しているのかもしれません

彼らは「普通の人」と思われるのを拒むのです
彼らは衆人環視の前で、テレビカメラの前で
「僕はホモだ!辛い!苦しい」と叫んでいます

同時に
「同性婚できないのはおかしい!差別だ!」
「社会が悪い!」
「安倍が悪い!」
とも言ってます

そして家に帰ればホモビデオを見ながらシコシコやっているのです
そして一発抜いたところで
楽しげに生きてるホモのツイッターを覗いては
「おまえが今楽しいのは誰のおかげだ!」と攻撃するのです

意味不明、としかいいようがありません

あれだけ攻撃的ならホモの世界においても
誰の相手にもされていないかもしれません
だからこそ、シアワセなホモも許せないのでしょう
ゲイバーに行っても話し相手は店子さんだけなのかもしれません

どう考えても「かわいそうな」「気の毒」な人たちです
やはり彼らを守ってあげる法律は本当に必要なのかもしれませんし、
心のケアも必要な時期にきているのかもしれませんね
どこかに隔離する必要性も出てくるような気がします
何せ確実に彼らは年々凶暴化しています

ちなみにLGBT云々といってるゲイと、
のほほんと生きてるホモは似て非なるものですので、
そのあたりは十分お察しいただければ幸いです

LGBTのみなさま、いつもお疲れ様です
今回も楽しませていただきました
また次回も期待しております




posted by かずと at 14:00 | ホモのひとりごと

2019年04月15日

LGBTのゲイは本当にゲイだから生きづらいのだろうか?

LGBT云々とおっしゃる方々は
常日頃から「私たちのことを分かって欲しい、理解しろ」なんて言ってるが
果たして私たち、同性愛者はストレートの方々のことを分かっているのだろうか

先日、こんなニュースを見かけた
共同通信の記事を転載


性交渉、経験なしが25% 日本の18~39歳男女

18~39歳の日本人の25%に異性間の性交渉経験がないとする研究結果を、東京大とスウェーデン・カロリンスカ研究所のチームが8日付の英医学誌BMCパブリックヘルスに発表した。2015年時点の推計で、23年前の20%から増えていた。1万人以上の調査データを分析した。

「草食男子」「セックス離れ」と言われるように、性交渉を追求しない人が増えたともとれる。だが調査では、特に雇用や経済状態が不安定な男性で割合が高い一方、未経験の男女の8割に結婚願望があった。チームは「性交渉がないのは本意ではない可能性がある」とみている。







同性愛者の視点からみれば、
男女が性交渉をするなんてことは「ごく当然のこと」と思うかもしれぬが
そこに至る過程というのがいかに大変なことなのかってことを、
多くのLGBT活動家はいっさい気にもしていない、ということが、
私には不思議で仕方ない

男同士の性交渉なんて、
自分が気持ちいいことを相手にもすれば、
難しいことを考えなくても何とかなるが、
異性相手だとそうもいかない

それこそ男女における「初体験」というのは
悲喜こもごも、さまざまなドラマをはらんだものであり、
まさにすべてにおいて未知なる世界で、
多くの映画やドラマ、小説、漫画のテーマとして取り上げられてきた

その時の経験が、後の人生に大きな影響を与えることだって大いにある

常日頃からだけど、
同性にほめられるよりは異性にほめられた方が嬉しいとか、
逆に同性に指摘されるより異性に指摘される方がきついとか、
そんな経験はないだろうか

仮に男に「え、おまえ高卒なん?」と馬鹿にされたら
「おまえ、本当に大学行ってそのレベルなんか」
と言い返せばいい「だけ」だ

しかしながら女性に
「えー、高校しか出てないの」なんて言われると意外ときつかったりする(笑)

これは性に関することでも言える
びろうな話をすれば男性器の「大きさ」

かりに男同士で短小であることを指摘されたり、
からかわれたとしても
「無駄にでかい巨根だなあ」と適当に言い返してやればいい「だけ」だ

しかしながら女性に
「あーらかわいいお◯ん◯んねえ」なんて言われると、
一生立ち上がれないくらいのトラウマになる

私なんてだからこそホモでいるのかも、とも思う(笑)

ノンケだって性交渉に至る過程でさまざまな葛藤があり、
だれに教わるわけでもなく、もがき苦しんでいるものなんだけど、
何故かLGBT活動家の皆さんというのはこういったことを無視する

性に関する悩みなんて、
ゲイに限らず誰しも持ち合わせているものだ
そして、それはあえて口にすることでもなかろう

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で、かねてから思うことであるけれど、
LGBT云々とおっしゃっている方の中の男性同性愛者、
すなわち日ごろから「生きづらい」云々とおっしゃってるゲイの方って、
日常生活において四六時中ゲイであることを意識しているものなんだろうか

私は10代の思春期の子たちが「同性に恋して苦しい」っていうのはまだ分かるのよな
しかしながら、今現在、
「苦しい」だの「生きづらい」だの言ってるゲイの方が
30代、40代、50代であることに、めちゃくちゃ違和感がある

だって、日ごろは皆さん、ゲイであることなんて何ら関係のない仕事をしていますよね

基本的に自分が◯◯であると意識する時って、
必ず何かきっかけがあると思うのです

たとえば私は男ですけど、
日ごろから男であることを意識しているかと言えば決してそんなことはありません
男であることを意識するのはその場に女性がいる時(テレビで見たり、というのも含めて)
ではないでしょうか?
ふだん、男世帯で仕事をしていると、自分は男だなあ、なんて意識しませんよね

私は背が低いですけど、
日ごろから常に背の低さを意識している訳ではなく、
隣に旦那が並んだ時とか、ラッシュ時に息苦しくなったり、
ズボンを買いに行って思いっきり裾上げなんかした際に、
自分の背の低さや足の短さを意識します

内装の仕事でテーブルの裏に潜り込んでビス打ちとかやってると
背が低いと楽だなあ、と感じることもある

私は日本人ですけど、
それは日の丸や桜を見て美しいなあ、って感じたり、
諸外国の方が日本の悪口を言ってると腹がたったりする時に
自分は日本人であることを意識するって、もんじゃないでしょうか

病気や障害なら日常的に意識し続ける必要があるでしょうが、
その他の部分においては、
なにかきっかけがないと意識なんてしないものだと思うのです

では、日常生活において、自分がゲイであることを意識する時はいつなんでしょうか???

会社経営であろうと、営業職であろうと、オフィス勤務であろうと、工場勤務であろうと、
運輸業であろうと、政治家であろうと、飲食店勤務であろうと、
「ゲイに携わる仕事」をしている方を除いては、
性的指向なんて一切無関係でしょう

仕事中にゲイであることを意識するとすれば
せいぜい「同僚が家族の話をした」時や、
休憩時間にネットでLGBTに関するニュースを見た時、
くらいのものではないでしょうか?

それ以外の時間は仕事に集中していますよね???

帰宅してエロ動画を見る際にも
「俺はゲイだからゲイ動画を見よう」なんてことを改めて考えませんよね?
ゲイ向けのアプリをチェックする際にも
「よし、今からゲイの恋人を探そう」なんて考えないですよね?

せいぜいLGBT活動に否定的なゲイの方のツィートに立腹したときくらいではないですか???

LGBT云々とおっしゃってるゲイの方は、日常生活において
どんな瞬間にゲイであることを意識するのでしょうか?
どんな瞬間に生きづらい、と感じるのでしょうか?

だいたいゲイなんて男で性自認も男です
多くの方は女装もしないでしょうし、
うちの旦那みたく日ごろからオネエって方もかなり少数でしょう

ゲイであることなんて、あくまでその人の一面にすぎないことです
その他多くの面ではマジョリティーであるはずなのに、
なぜあえてゲイというマイノリティーな部分だけを強調するのでしょうか

ゲイの方の多くは特に障害を抱えている訳でも
病気を患っているという訳でもないですよね

かつて尾辻かな子さんもこんなことをおっしゃっていました


「この世に全てにおいて多数派になれる人はいないと思います。みんな、どこかになかなか開示できないマイノリティ性を持っていたり、自分がそうではなくても、自分の子どもがそうであったりするかもしれません。いまはそれなりに若く元気であっても、人は誰でもいつかは老い、いつ病気になってしまうかは誰にも分からない」
https://www.nippon.com/ja/japan-topics/c05904/


この点について、私は尾辻さんと全くもって同意見です

誰しもがマイノリティーな部分を持ち合わせているのです

で、同時に思うのです
今の御時世、共産党や立憲民主党の支持者なんていうのも
日本のLGBTの割合なんかよりはるかに少ないんですから
間違いなく「マイノリティー」です

彼らなんてみんな「会社でバレちゃいけない」って思いつつ、
鉄壁の殻をかぶってビクビクしていることでしょう

だからこそ、顔の見えないツイッターの世界では、
暴言吐きまくりなんではないでしょうか

そして、不思議なことに
LGBT運動に関わる方の大多数が「反自民」「反アベ」であることを考えると、
ゲイというマイノリティーだから苦しいのではなく、
共産党や立憲民主党を支持しているというマイノリティーな存在だからこそ
生きづらく、かつ苦しいのではないかと思うのです

それこそ政治に関するニュースというのは日常的に耳にすることでしょうし、
「反自民」「反アベ」であることを常に意識せざるを得なくなっているのではないでしょうか

だからこそ「苦しい」し「生きづらい」

今、多くの会社で「僕はホモです」とカミングアウトしても
「あ、そう、うだうだ言わずに仕事しろ」
で終わることでしょう
しかしながら「僕は立憲民主党の支持者だ」なんてカミングアウトすれば、
同僚の多くは口を効かなくなり、
上司もいかに他の部署に移ってもらうかを考えることになるでしょう

だいたい自分たちの政策なんて何ひとつまともなものがなく、
政権批判しか脳がない低レベルな政党を支持せざるを得ないのですから、
そこに至る過程というのはさぞかし辛いものがあったろうと、
私は察するのです

無能なものを信じているのですから
まったくもって、「お気の毒」としかいいようがありません

LGBT云々の中でもゲイの方で
「苦しい」だの「生きづらい」だのおっしゃってる方、
冷静に考えてみてくださいね

本当にみなさんはゲイだから苦しいのですか?




posted by かずと at 13:00 | ホモのひとりごと

2019年04月13日

説得力に欠けてるLGBT

同性婚と夫婦別姓、2つの問題の共通点。訴訟の当事者らは「リアルにルールが追いついていない」と訴えた

なるハフィントンポストの記事を読んだのと似たようなタイミングで以下のような記事に出会った

あまり先入観を持たずに読んでみてほしい


婦人問題企画推進有識者会議「夫婦別姓」を検討

婦人の地位向上を目指す首相の私的諮問機関「婦人問題企画推進有識者会議」(座長・高橋展子元駐デンマーク大使)が31日午後、総理府で開かれ、夫婦が結婚後も元の姓を別々に名乗る「夫婦別姓」制度の検討を始めた。

会議でヒアリングに招かれた法務省民事局は「有力な検討課題の一つだ」と指摘、法制上の問題点などを法制審議民法部会の身分法小委員会で検討することを明らかにした。

結婚後、姓をどう名乗るかについて、米国、英国、中国などでは「別姓」が認められている。しかし、日本では民法750条で「夫婦は、婚姻の際に定めるところに従い、夫又は妻の氏を称する」と規定、ほとんどの夫婦が夫の姓をそのまま使っているのが実情。

この日の会議では、フランスやデンマークなどの例も紹介され、「夫婦別姓を認めないのは女性差別に通じる」「ぜひとも検討すべきだ」と夫婦別姓の積極推進論が大勢を占めた。《北國新聞》


これは金沢の北國新聞に掲載された記事なものであるから、
発信元は共同通信、恐らく全国の地方紙にも同じ記事が掲載されているであろう

ポイントはこれがいつの記事かってことである






「婦人問題」「総理府」
なんて出てくるから古い記事だって分かった方もいるかもしれないけれど
上記の新聞記事は平成2年8月1日付の北國新聞から転載したもの、
すなわちこの記事に出てくる会議は
平成2(1990)年7月31日に行われた、ということ

平成20年じゃないですよ、
平成2年です
私がまだ高校生の時の記事(笑)

記事内に「首相の私的諮問機関」とあるけれど
当時の首相は海部俊樹さんで
平均株価なんで3万円台、
世界に目を向ければまだ「ソ連」も「東ドイツ」も「西ドイツ」もあって、
この数日後にイラクがクウェートを侵攻する、って日の話

要するに「夫婦別姓」云々というのは最近になって取り沙汰された話しではなく、
平成の初期には既に話としてあった、ということ

当時なんてそれこそ土井たか子氏率いる社会党に元気があって
「マドンナブーム」云々と女性の政界進出が一気に進んだような時代、
「夫婦別姓」なんていう話を進めるには、
これ以上適した頃はなかったのではなかろうか、なんて気もする

しかしながらまもなく平成も終わろうとしているにもかかわらず、
さっぱりこの話が進まないのは
単に世間の関心がないってことであろう

結婚したいのに別々の姓でいたい、
という感覚もいまいち私には分からない

で、この北國新聞の記事に「差別」って言葉が出てくるが
これが「夫の姓を名乗る必要があるなら」女性差別だと思うけど、

日本では民法750条で「夫婦は、婚姻の際に定めるところに従い、夫又は妻の氏を称する」と規定

とあり
要するに別にどっちの姓を名乗っても良いわけで、
私の周囲にも嫁さんの姓を名乗ってる方は何人もいたりするし、
差別云々というには説得力に欠けるという気がしなくもない

説得力に欠けるからこそ、
全然話しが進まないんだろうなって思うのよな

これは同性婚にも言えること

冒頭のハフィントンポストの記事を読んでも、
どうして同性婚が必要なのか、という説得力が根本的に欠けている

小学生が結婚できないのはおかしい!
って言ってるのと、基本的に変わらないレベルであるように思う

こんなことを書けば
「差別だ」「勉強不足だ」なんて言われるのかもしれないけれど、
冒頭の記事に出てくる方々も含め、
同性婚云々と言ってる方々は
周囲に分かってもらう努力を何もしていないのよな

あくまで自分の考えを述べているにすぎないってことに何ひとつ気づいていない

世間は「夫婦別姓」や「同性婚」に反対云々というわけではなく
そもそも関心がないというのが現実であろう
反対って言ってくれる方はむしろ「関心がある」わけで、
彼らをいかに説得できるかってことが大事なんだと思う

にもかかわらず、同性婚の推進者っていうのは
「反対」の声を挙げてくれる方を
片っ端から敵認定してしまう(笑)

「夫婦別姓」や「同性婚」が認められない、
議論にもならないのは
社会は悪いとか、
日本が遅れてる云々っていうのではなく、
同性婚や夫婦別姓を求めている方の説明が足りない、
本気度が足りないだけの話であるとつくづく感じる次第

仲間うちで集まってうだうだ文句言ってる暇があるなら、
社会に対して「夫婦別姓」や「同性婚」の必要性について、
もう少し丁寧に説明してはいかがなものか

まもなく「平成」が終わり「令和」が始まるが
「令和」が終わる頃にも似たようなことをやっているような気がしなくもない

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ドラマ「きのう何食べた?」の放送が始まった
私が住んでる地方にはそもそもテレビ東京系列の局がないもので、
そのうちDVD化でもされたらまとめて見るか、なんて思ったけど、
今の御時世、ネットで普通に視聴できるのね
何つうありがたい時代かと思う

原作の第一話の世界がそのまんま再現されていて、
なかなか満足度も高かったのだけど、
印象的だったのは主人公のシロさんが母親との電話で
「あのひとたちとは違う!」みたいなセリフがあったことか
めっちゃ分かるわ(笑)

で、旦那とこのドラマを見た翌日、
帰宅した旦那の手元の袋には「ハーゲンダッツ」が2つ入っていた
旦那は「コンビニで買ってきた」と言い、
私は「アルビス(こっちのスーパー)なら4割引だった」と言い、
旦那は「これはコンビニにしか売ってない奴なの」と言った

我が家だけでなく、
きっとこのドラマを見た多くのゲイカップルがハーゲンダッツを食べたことだろう(笑)

ちなみにこの日の我が家の夕食は
焼きサバ、もやしとニラの炒めもの、ひじきと大豆の煮物、納豆に玄米ごはん
書き出してみるとちょっと渋すぎるかな、
てな気もしなくもないww




posted by かずと at 06:00 | ホモのひとりごと

2019年04月09日

批判の意味が分かっていないLGBT

私は小心者、
かつ絶望的に物事を簡潔にまとめるということができない人間である、と自覚しているもので、
ツィッターには手を出さず、
傍から見ている「だけ」の存在であるが、
昨年の夏、思わぬ形でこのツィッターの恩恵に授かることになった

新潮45に寄稿した杉田議員を、擁護するような記事を書いたら、
たまたま多くの方がツィッターなどのSNSに取り上げてくれたのだ

その時に感じたのは、
ツィッターの拡散能力というのは凄まじいということ、
同時にツィッターというのは「賛同」を伝えるには最適であるが、
「反論」を伝えるにはいまいち向いていないツールでなんだなあ、
ということだった






先日、ユーチューバーのKAZUYAさんが
某参院議員の方について動画で触れて、
ちょっとした騒動になりつつある

この内容が、それこそ日ごろから福島みずほさんのツィートをいじるように
「ちゃかす」ようなものであるなら、
KAZUYAさん、その言い方はよくないよ、といってもいいと思うが、
今回の内容はこの参院議員の方の実績を認めた上で、
余計なことは言わない方がいいんじゃないですか、
と述べているにすぎない

よくよく分からないのがここでKAZUYAさんのツイッターに対し
「けしからん」とか「最低」とかいった怒りの感情を書き込んでしまう人たちの心境よな

彼らがそういった書き込みをすることで、
拡散されるのはあくまで「KAZUYAさんの意見」だけである

要するに彼らは某参院議員を擁護しているように見えて、
KAZUYAさんの意見の拡散に協力しているのだ

ツイッターを使わない私がいうのもおかしな話だけど
どうにもこうにも彼らはツイッターの使い方を間違っているようにしか思えない






昨年の夏、私が杉田議員について書いた記事についても
やはり不可思議なことが起きていた

好意的に見てくれている方もいれば、
当然、批判的に見ている方もいた

その時、私が「???」となったのは、
わざわざご丁寧に私のブログ記事のリンクを張った状態で、
「何、この差別的なブログは」
「下品な文章、最低」
「長いだけで読む価値がない」
などと批判的なツィートをされていた方を、
何人もお見受けしたことだった

私が書いた内容を否定するのは大いに結構なことだし
ホモウヨでもネトウヨでも反LGBTでもチビでも短小でもブサイクでもクズでも変態でも
いずれも事実なもんで何を書かれてもいいのだけど
(たまにこんなメールが来るのよな・笑)
ツィッターというツールで「この記事はおかしい」と同調してもらうのは、
なかなか難しいものなんだなあ、としみじみ感じたものだ

だいたい「この記事はおかしい」と紹介していただいた方のフォロワーさんが読むのは
私の書いた「おかしい」記事なわけなのよな

私の記事をおかしいと書いてる人は杉田さんに否定的な人のはずなのだ
しかしながらその方が紹介するのは、
杉田さんを擁護する私の記事である

私の記事を「おかしい」と感じたのなら、
私に直接メールでも送ればいいだけの話なのに、
わざわざツイッターで私の「おかしな」記事を拡散してくれている

賛同してくれた方が拡散してくれたのも
「ありがたいなあ」なんて思いながらみていたけど
批判的な方が同様に拡散してくれたのもやはり
「ありがたいなあ」なんて私は思ったのよな

おかげさまで私は雑誌への寄稿という、
これまでにない体験をさせていただいた
ツィッターで取り上げていただいた方には感謝の思いしかない

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素人の私ですら、そんなふうに感じたのだから
ネットの世界の有名人であるKAZUYAさんにしてみれば、
今回の騒動(といっていいのか分からないけど)に関していえば、
「してやったり」の流れになっているかと思う

某参院議員のファンが騒げば騒ぐほど、
KAZUYAさんの意見「だけ」が拡散していく

同時に、どうしてKAZUYAさんのツイッターに、
多くの方が冷静さを失った怒りに満ちたコメントをかき込んでしまうのだろうか、
なんてことも考えた

だいたい、KAZUYAさんの意見が気に食わないなら
無視するに限るのだ
KAZUYAさんに対し自分の考えを述べるならまだしも
「最低な人」「ひきょうだ」云々とわざわざ書き込むなんて、
とても大人がやることとは思えぬ幼稚さである

KAZUYAさんに食って掛かるコメントを見ていて感じたのは、
「みなさん、某議員に対して薄々感じてたこと」をKAZUYAさんが指摘しちゃったので、
動揺しちゃってるんだろうな、ってことだった

別に某議員のファンでも支持者でも何でもなく、
盲目的に信じようとしていた人たちなんだろう

「怒りの感情」を露わにするってことは、
自分もそう思ってたけど認めたくはなかった、ってことを
客観的に認めてるってことだと思う
だからこそ、怒っている
だからこそ、KAZUYAさんの意見の拡散に「結果的に」協力している

私が日ごろからツィッターを拝見している若いゲイの方は、
某議員のファンであることをかねてから公言しており、
今回の騒動について「話が脱線したりする部分も含めて某議員が好きであり、KAZUYAさんを批判するつもりはない」と
かき込んでいる

これが本来の「ファン」というか支持者の姿だと思うのよな

批判に目くじらをたて、
すぐに怒りの感情をツィッターに書き込んでしまう人は、
自分がいかに余裕がない人間であるかを世間にさらし
相手の言い分を世間に拡散させているだけであるということに、
ぼちぼち気づいた方がいいのではなかろうか






批判といえば誹謗中傷とか、悪口とか、否定といった
ネガティブなイメージで捉えがちであるが、
大辞林で引いてみると以下にようにある


@ 物事の可否に検討を加え,評価・判定すること。「学説―」「―を仰ぐ」
A 誤っている点やよくない点を指摘し,あげつらうこと。「政府の外交方針を―する」
B 〘哲〙〔ドイツ•Kritik〕人間の知識や思想・行為などについて,その意味内容の成立する基礎を把握することにより,その起源・妥当性・限界などを明らかにすること。


これを見れば分かるように、「否定」だの「誹謗中傷」だの「悪口」といった、
ネガティブなものでは決してないものなのよな

本来の批判というのは「よりよくするためのもの」であり、
もっとポジティブなものであるものなのだ
冒頭のKAZUYAさんの某議員に対する発言なんて、
実に「まっとうな批判」といえるものだ

ちなみに野党がよく「政権批判」云々とマスコミを含め言ってるが、
あれは単に政権の悪口を言っているにすぎないもので
実は批判でも何でもない

私もLGBT活動家批判ばかりしてるように思われるかもしれないが
基本的に「こうしたらいいんじゃないですか」という提案はし続けているつもりである

石川大我さんには同年代のホモとして、
これ以上惨めな姿になってほしくないだけだし、
松岡宗嗣さんにはもっと若い視点を生かして活動してほしいと思っている

ちなみに尾辻かな子さんに関しては心底軽蔑している(笑)

LGBT界隈も昨年、よく「杉田議員に対する批判」云々と
自分たちの行為が正当なものであるかのような主張をしていたが
あれもまた、批判でも何でもなく、
単なる杉田議員に対する誹謗中傷にすぎない

最近はLGBT活動に賛同しない当事者に対して
批判ではなく誹謗中傷を繰り返している

「差別をなくせ」なんて活動をしている方が、
他人を誹謗中傷しても何とも感じぬこの不可解さ
さらに、この一部の人間の暴走をみんな分かっているはずなのに誰も止めようとはしない、
LGBT界隈の著名な方々(笑)

本当にLGBTとかいう、
昔のプロレス団体みたいなアルファベットの羅列を好んで使う方の考えてることは、
低学歴のホモには今後一生理解できないだろうなあ、とつくづく思う

まあまあ、LGBTさん、どんどん怪しげな発言を続けた上で、
世間から白い目でみられる存在になってくだされ

あ、もうなってるか(笑)




posted by かずと at 12:00 | ホモのひとりごと